当サービスを運用していくコツみたいなもの

Webサービスを継続していく、運用していくところで改めて考えたことを書いておきます。

適度に続けられるものをやる

ジャンルや分野や稼働や稼ぐなどのバランスってことですね。個人開発やWebサービス開発に限らずですが、なんでやるか、どうなりたいか、どれくらいならやれるかみたいなことがふわっとでもあると良さそうです。

実際はアプリでもWebサービスでも開発するので形になります。そこからスタートですけど、終わりはないので、むしろどこまでやりたいかとして自身で決める必要があります。ここで向き不向きでいえば、誰かに決めて欲しいという性質が強い人は一人では向いてない感じがします。もちろんチームや仲間や友人などでカバーは全然できるわけですが。

このWebサービス集めましたはどうか?何年もやるとか、例えば3年はやろうみたいなのは正直ないです。もっとシンプルで当初はニーズはありそうだから、結構マネタイズも広告ベースでいけるかと思ったらそれは甘かったですね(笑)

今は運用を楽しんでいる感じで、運営するところで新しい試み(Webサービス)を作る人と、そのWebサービスを通じて間接的に触れることが面白いです。こんなこと考える人がいるんだなどの刺激になります。基本全部見てますので。もっとも投稿頂けるだけでもニーズは常にあるということも体感できていますね。

これが僕の中での「適度」ですが、人によってはもっとやりたい、ジャンルや学び方、お金にしたいとか、仕事にして実績化したいとか色々ですよね。そこはそういうパックというかうまく構成していけばいいのかなと。これも正解がないですから。

好きでないことはパワーが落ちる

お金やビジネスとしてということだけで突っ走ればいいというのはやはり僕はおすすめしません。そういうお金モンスターみたいな人は実存できるのですが、結局人ってもっとアナログなので「そうはいってるけど、もっと合ってみるとゆるい感じだった」みたいなギャップがいいですよね。

純粋に自分が関わりたいかみたいなことでいいかと。それで嫌なら無理に関わらないで終わりですよね。

それで好きであることはポジティブであり、色々な課題も克服出来るパワーになります。ですが、好きでないことを無理にやるとやっぱりきついです。

結果的に本サービスはもうすぐ4年なのですが、この4年で何をしてきたかというよりも、4年という感覚を体感として回せるかというと、結構色々なものでも年数を蓄積させるのって難しくないですか?と僕は思ってます。1ヶ月で飽きるものも多いわけですし、1日で辞めたくなるとかもあるので(笑)

結果的に僕がどうこうでなく続いたという事実は、飽きずに、しかも楽しいというか、これが好きであるのだとか、言葉にしている以上の何かがあると感じています。これはあまり変わってないです。個人がなにかやるでもいいし、何かチャレンジすることをプロジェクトを応援する姿勢は昔からあるし、結果的に形を変えてこんなサービス担った、というだけに過ぎません。

だからたくさんサービスを作るのもいいし、一個を粘っていくのもいいし、同時にやるのもいいし、正解はないなあと。なぜなら人によって感度とか学び感みたいなものが異なるし、人生の時間の流れや価値観も異なるからですね。

人によってはめちゃくちゃぬるい!とか思ったりする人もいる一方、いい感じでやってるなあとかそういうのって色々と思いつつ眺めるのではないかなと。人は人、我は我ですから、うまーく好きなポイント、結果的に好きになっている方が僕は良いと思うのですが、それくらいの「時間」の長さで捉えるほうがいいのではないかなと。わりとなんでも思っています。

短期でやると色々と見失って、結局取り戻せないことも多いです。戻せないものってあるんじゃないかというのも大きな意識ですね。

小さな発見をそのサービスプロセスで発見できるか

最近の気付きはこれです。

つまり、Webサービス集めましたなら、プラグインを使って投稿を受け付けてるんですが、そのアップデートをしていくと。そういうときに「面倒だな」というのはありつつも(笑)、一方で「こんな機能が増えたんだ」と知って試す。それが面白い。

またはランキングコンテンツを毎月勝手に作っていますが、これも「こんなサービスが増えてきたのか」というのを気づくのが面白い。マーケターとしてはそういう社会の動きに、とくに一次情報となるのでとても貴重です。データをどう扱うかもありますが、まさにN=1の塊=個人開発者という捉え方もできますから、アイデア次第です。

別に何するわけでもなく、投稿して広げられる場がある方がいいと思っているので、類似や同様のサービスも広く観ています。ものすごくやりたくなる気持ちも分かるのですが、一方で地味なので(笑)お金や学びや体験などにどこまで「面白い」といえるかですよね。お金はない、学びはない、体験も微妙なら、「苦労」だけなので、辞められるのかなと。わりとそれは普通のことのような気がします。

ですから、小さい発見をその小さいタスクや行動の中に見いだせるか。それが1個でもあれば多分いけるのかなと。もっといえば、小さすぎるものに対して学びのサイズが大きいなら、リターン?で得られるものが多いので、より続けられる感覚ですね。僕の場合は学びや体験が逆にないなら、お金を稼げるとしてもそれは虚しさではないかと捉えています。

思考実験に過ぎないのですが、そもそもお金を楽に稼げるみたいな言葉が消えないのは、人の本性を突いているからでしょう。「もしかしてそんなことがあるのかも」と甘いだろうが厳しいだろうが思えるからこそ関わってしまう。そして騙されるというパターンですよね。酷いケースであれば、詐欺です。お金を得るが人のためではない、自分のために得る。学びというのは反社会的過ぎますから、対象外です。

一方でそんな「うまい話がない」みたいなもの、超地味になぜか「夢がない」という人もいます。分かるのですが、夢と地味さは全く別ですし、現実的に考える方が実は夢も実現できるかもしれない。ワクワクの生成って極端でなく、本質は地味かなと。つまり、上の小さいことに楽しみを見いだせならば、それを拡張するかどうかも選べるからですね。無駄に拡張して何かを失うなどもありそうですが(笑)

いろいろなことを考えてやっていって、まあ最終的というよりも、自分が楽しんでいなければ続かない。そこを踏まえてあとはどうするか。こう考えるととても楽で、あと自由な気がします。お客さんにより提供したいことがあるならそれをやればいいし、そういう感じでないならどういう感じかを研究検証していけばいいだけですからね。

編集者 大橋 弘宜